マッドサイエンティストの全てを兼ね備えたビジュアルのジャック・パーソンズ
「私は・・・・・当惑している・・・・・」1947年、こう言い残しイギリスの片田舎でひっそりと息を引き取ったとある老魔術師がいた。老魔術師の名はアレイスター・クロウリー。かつては“20世紀最強の魔術師”と謳われ、数々の伝説を歴史に刻んだ希代のトリックスター。しかしその晩年は赤貧と持病(慢性気管支炎)、ヘロイン中毒などの衰弱にあえぎながらの臨終だったという。
「汝の意志することを成せ」そうアジテートしたクロウリーとは果たして単なるみじめったらしい人生の敗残者だったのだろうか?その真意については知るす術もないし、知ったとしてもクロウリーならこう言うはずだ。「あなたの知っていることはすべて間違っている」と。
兎にも角にもクロウリーという星が破裂し消滅した後も、その星くずたちはそれぞれが勝手にクロウリーの伝説を紡ぎだしていった。まるでクロウリーの亡霊がそこかしこに存在しているかのように。ここではそんなクロウリーの亡霊や星くずたちについて言及していきたい。
「魔術とは真の意志に従って変化をこの世に引き起こすための科学であり業である」このクロウリーの言葉を体現したのがアメリカのロケット工学者ジャック・パーソンズ(1914-1952)の存在だ。現在もNASAのロケットや大陸間弾道ミサイルの開発&製造で知られるカルフォルニアのエアロジェット社(注1)。この会社創立のキッカケとなったカリフォルニア工科大学のロケット研究チームに立ち上げから参加していたのがパーソンズである。1930年代、まだ海のものとも山のものともつかないロケット工学を独学で習得した彼は固体燃料の開発やJATOユニットの発明など、来たる宇宙開発の夜明けにとって重要な役割を果たした。月の裏側に存在するパーソンズ・クレーターは彼の功績にちなんで命名されたものだという。
そんな米国ロケット研究のパイオニアとしての肩書きを誇るパーソンズだが、一方では熱心なクロウリー信者という顔も併せ持っていた。危険を伴うロケット実験時には常にクロウリーの詩を朗読することを自らの習わしとしていたパーソンズは1930年代ハリウッドのOTO支部”アガペの家”に参入。やがて”アガペの家”責任者の地位を継承したパーソンズは1942年、自らが所有するパサディナの高級住宅地にロッジを移動。結社名も”テレマ教会”と変更する。パーソンズはそこでかねてよりOTOに伝わる性魔術のエクストリーム化を実践。実の母親も参加しての近親相姦や獣姦行為などリアル・マザー・ファッカーなインモラル行為に没頭するこの時期のパーソンズに、ひとりの男が接触を図る。
男の名はL・ロン・ハバード(1911-1986)。米国海軍中尉でありSF小説作家であったハバードとどのような経緯を経たのかは不明だが2人は意気投合。パーソンズは独断でOTOの秘密をハバードにイニシエートするなど気風の良さ、もしくはわきの甘さをみせるなか、2人は禁断の魔術儀式である「ムーンチャイルド・ホムンクルス」を計画。ババロンの売春婦を星気の世界から呼びおろし、生きている女性の子宮に宿らせるという召喚儀式を1946年3月1日から3日間敢行する。具体的にはパーソンズが選別した女性(注2)と性交し、それをハバードが記録するものだったが、当然のごとく「ムーンチャイルド」オリジネーターであるアレイスター・クロウリーは海外でのこの行為に対し激高、OTOカルフォルニア支部会長宛に抗議文をメールしたという。
クロウリーの想いが通じたのかは不明だが、パーソンズ&ハバードによる「ムーンチャイルド・ホムンクルス計画」は失敗に終わった。この儀式の3日間でパーソンズは女性を妊娠させることができなかったのだ。さらに追い打ちをかけるようにハバードはパーソンズを裏切り、一万ドルと当時パーソンズの愛人を「取り込み詐欺」で奪い逃走。これはハバード側の主張によると、もともとはパーソンズに接触したのも米国海軍諜報局の仕事であり、その任務はパーソンズの反社会的行為を打ち砕くことだったという(注3)。
その後パーソンズは財政難に陥るも魔術儀式を継続。しかしクロウリーの死の10年後にあたる1957年、自宅地下室で実験作業中に謎の爆発事故が発生。パーソンズの肉体は弾け飛び絶命、その数時間後に彼の母親が睡眠薬過剰摂取による自殺を遂げ、彼の現世での儀式は幕を下ろした。
一方ハバードは1951年にセルフケア著作本”ダイアネティックス”(注4)を出版し大ヒットを飛ばす。1954年には”ダイアネティックス”の教義実践を目的としたサイエントロジー教会をロサンゼルスに設立。サイエントロジー教会はハバード死後も、トム・クルーズやリマ・サマー・プレスリー、チック・コリアなど有名人たちの支持を集めながら(論争を巻き起こしながらも)世界規模で勢力を現在も拡大中である(注5)。
(注1)エアロジェット社
パーソンズは会社創立時も参加していたが正式なカリフォルニア工科大学のメンバーではなかったこと、また反キリスト主義を公言していたなどの理由ですぐに除名させられた。
(注2)女性
この時期のパーソンズの愛人はアーティストであり女優であったマージョリー・キャメロン。クロウリーつながりなのか?彼女は1953年ケネス・アンガー映画”快楽殿の創造”にアナイス・ニンとともに出演。妖艶なスカーレット・ウーマンを演じていた。
(注3)反社会的行為を打ち砕くことだったという
その後のハバードの生き様や評判を考えると首をかしげざるをえないが、サイエントロジー側の見解ではこうなっている。
(注4)ダイアネティックス
長渕剛も愛読している(会員ではないらしいが)ことでも有名。心に関わる様々な基本法則を分析し、人間本来の抑圧されていない人格を引き出し、精神的苦悩や心因性の病気、精神錯乱などの原因の根絶を図ることを目的としている。一方、心理学のカウンセリングとあまりにもかけ離れた手法なため効果の疑問視も存在する。
(注5)世界規模で勢力を現在も拡大中である
現在日本では新宿にサイエントロジー東京が存在。筆者は毎日このビルを見ながら通勤している。