“マインド・ファック作戦”ディスコーディアニズムとロバート・アントン・ウィルソン

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     “マインド・ファック作戦”ディスコーディアニズムとロバート・アントン・ウィルソン

     

    「あなたは神を信じますか?そしてその神が実は完全に気の狂った女だとご存じでしたか???」

     

    ポスト・カウンターカルチャーにおいてポップ・オカルティズムを代表する運動ながらも、あまりにパラノイア過ぎてこと日本においては解読困難なのがディスコーディアニズムであろう。

     

    ギリシャ神話に登場する紛争と混沌の女神であるエリスを崇拝、シュルレアリスムやダダイズム、ポストモダニズムとドラッグ、禅、魔術、スピリチュアリズム、UFOカルトからさまざまな陰謀論までを不条理に混合したメタ宗教。ディスコーディアニズムは宗教として偽装された精巧なるジョークであると同時に、精巧なジョークとして偽装された宗教であるといわれている。

     

    そんな不可解すぎるディスコーディアニズムの起源をたどれば1965年アンダーグラウンドで出版された一冊のバイブル“プリンキピア・ディスコーディア Principia Discordia”に行き着く。

     

    かのアイザック・ニュートン(注1)が1687年出版した“プリンキピア・マテマティカ”からモロパクリのタイトルであるこの奇書、発表当時は作者の正体は謎に包まれていたが、ほどなく米国最大の銀行の大型コンピュータ施設のトップを務めていた(注2)グレッグ・ヒル(Malaclyps The Younger)、そしてアングラ出版に携わり、ケネディ大統領暗殺犯とされたリー・ハーヴェイ・オズワルド(注3)との親交で有名人となったケリー・ソーンリー(Lord Omar Khayyam Ravenhurst)の2名であると発覚。

     

    2人の証言によると、彼らは1957年カリフォルニアのボーリング場にて女神エリスからの霊感を授かりディスコード教団を創立させたという。この教団においてはドン・キホーテ(注4)、ノートン皇帝(注5)、ボコノン(注6)などが聖人として認定されている。

     

    ここまではよくある冗談宗教(注7)の類といった感じだが、このディスコード教団には当時の詩人や作家、編集者、精神分析医などといったカウンター・カルチャー界の名士たちが面白がり、こぞってこのメタ宗教に参加したため運動は複雑怪奇に増殖していく。なかでもディスコーディアニズムの存在を世に広めた重要人物といえばロバート・アントン・ウィルソン(1932-2007)だろう。

     

    1970年代よりローバート・シェイ(注8)との共作“イルミナティ三部作”や“コズミック・トリガー”といった著書にてウィリアム・S・バロウズやティモシー・リアリー、ジョン・C・リリーといったカウンター・カルチャー・シャーマンたちの後継者と注目されたウィルソン。

     

    そんなウィルソンとディスコーディアニズムの出会いは1960年代中頃。当時「プレイボーイ」誌名物編集者として活躍中だったウィルソンが、同じく編集仲間のケリー・ソーンリーとの手紙のやり取りでディスコード教団の存在を知り共鳴、すかさずソーンリーとグレッグ・ヒルのもとで教団のイニシエーションを受けたことから始まる。

     

    ディスコーディアニズムを宇宙冗談因子と定義したウィルソンたちはイルミナティ陰謀論を大衆にインプリントしていく。やがてサマー・オブ・ラヴの季節1960年代後半には極左極右問わずアンダーグラウンド雑誌ではさまざまなイルミナティ陰謀説(注9)が展開されるようになった。

     

    またウィルソンたちはディスコード教団の秘密のサインとしてVサイン(注10)を復活させる。Vサインはカウンター・カルチャー全域に広がり、日本も含む世界中にこの奇妙なサインを感染させる。

     

    1970年代に入るとウィルソンは前述通りディスコード教団とイルミナティの戦いを描いたSF小説“イルミナティ三部作”や、自らの不可知論者としての意識迷宮をめぐる自叙伝“コズミック・トリガー”といった著作にてディスコーディアニズムを包括&解読、この思想をエンターテイメントへと昇華させた。

     

    これらの活動によりディスコーディアニズムはその後のニュー・エッジ・シーンに決定的な影響を及ぼすこととなる。1980年代後半のコンピューター・ネットワーク発達からは、太古的シャーマニズムから近代魔術運動やサイケデリック革命と、新たなるインターネット世代を繋ぐナビゲーターとしてウィルソンの存在は改めて重要視される。

     

    その後ウィルソンは宇宙的アナーキズムを唱えるパロディ宗教団体サブジーニアス教会(注11)への参加や、自身のニューズレター“トラジェクトリー”の発行。ポスト・サイバーパンク雑誌“モンド2000”や“マジカル・フレンド”などへの執筆、大麻解放運動やカンナビス・カップ参加、バーニングマン参加、世界中での講演活動など、テレンス・マッケナらとともに西海岸ニュー・エッジ・シーンの象徴として活躍。

     

    ポップ・カルチャーへの影響も大きく、熱烈な信者として有名なビル・ドラモンド(The KLF)を筆頭に、マーベル・コミック原作者アラン・ムーア、変わったところではテキサスのゲーム会社スティーブ・ジャクソン・ゲームズなどが挙げられる。

     

    2007年ウィルソン死去の際は追悼イベントがロンドンのクイーン・エリザベス・ホールでで開かれ、ビル・ドラモンド、アラン・ムーア、英国俳優ケン・キャンベル(注13)が発起人となり、ミックスマスター・モリスやコールドカットがパフォーマンスを務めた。

     

    以上のように、まるでバタイユの「非知と反抗」をサイケデリック情報戦として展開させたようなディスコーディアニズム、およびウィルソンの活動だが、現在われわれが迎えているデジタルメディア時代から、今後迎えざるをえないシンギュラリティの時代に到るまで、その秘教的情報ソースへのアクセスと解読精神はますます重要性を増してくるのは間違いないであろう。

     

    (注1)アイザック・ニュートン1642-1727

    万有引力の法則など「科学の父」的な存在で語られがちなニュートンだが、生涯を通じて彼が心血を注いだのが錬金術であったことは有名。ケインズをして「ニュートンは理性の時代の最初の人ではなく、最後の魔術師だ」と言わしめほど。

     

    (注2)大型コンピュータ施設のトップを務めていた

    このグレッグ・ヒルのエピソードはロバート・アントン・ウィルソンが講演で語ったもの。

     

    (注3)リー・ハーヴェイ・オズワルド1939-1963

    19631122日ダラスで発生したケネディ暗殺事件の犯人とされ、逮捕直後マフィアと繋がりがあるジャック・ルビーに射殺された元海兵隊員。海軍時代同期だったオズワルドとケーン・ソーンリーのふたりの交友関係から、当局は「暗殺事件直前に目撃された複数のオズワルド」のひとりがソーンリーであると疑惑を持った。

     

    (注4)ドン・キホーテ

    1605年スペイン作家ミゲル・デ・セルバンテスによって発表された有名な小説。当時欧州で流行していた騎士道物語が好き過ぎて、現実と物語の区別がつかなくなり発狂した男ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャが老馬ロシナンテと農夫サンチョ・パンサを引き連れ、旅の先々でトラブルの限りを尽くす物語。完全なる狂人が主人公の物語にも関わらず世界中の人々に愛され、その出版数は聖書に次いで2番目に位置する。

     

     

    (注5)ノートン皇帝1819-1890

    本名ジョシュア・エイブラハム・ノートン。英国からサンフランシスコに移住した資産家の息子として裕福な生活を送っていたものの、ペルー米投機に失敗し破産。この際に精神に異常をきたす。米国の政治体制に著しい不備があると訴え、その解決策として絶対君主制の導入を唱える。その君主として自らが合衆国皇帝にならんと決意。皇帝ノートン一世を名乗る。ノートンはサンフランシスコの新聞各社に日々「勅令」を投稿。しかし新聞やサンフランシスコ市民のユーモアに対する器が信じられないくらいデカかったため、新聞は皇帝の「勅令」を常に無料で掲載。交通会社から無料パス券をゲットしたり、高級レストランで食事をほどこされたりと生涯に渡って愛されたトリックスター。

     

    (注6)ボコノン

    カート・ヴォネガット小説「猫のゆりかご」に登場する架空宗教、ボコノン教の教祖。

     

    (注7)冗談宗教

    既存宗教のパロディや、あまりに馬鹿馬鹿しい教義のため人々から冗談と思われる宗教。「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教」「見えざるピンクのユニコーン」「グーグル教」などが有名。

     

    (注8)ローバート・シェイ1933-1994

    1960年代「プレイボーイ」誌編集者時代にロバート・アントン・ウィルソンと出会い意気投合。1975年ウィルソンと共に「イルミナティ」三部作を共同執筆。シェイ本人もディスコード教団に参加した。

     

    (注9)さまざまなイルミナティ陰謀説

    歴代合衆国大統領からイエズス会、シオニスト、銀行家、アレイスター・クロウリー、ジョン・エドガー・フーパーなどあらゆる個人や団体がイルミナティとみなされ左右問わず攻撃対象となった。

     

    (注10Vサイン

    カトリック司教では祝福のサインとして、一方サタニストは悪魔召喚の際に用いるこのサインは、第二次世界大戦中英国首相ウィンストン・チャーチルが使用したことで有名。ローマ数字で5を表すVは二本の指を伸ばし、三本の指を曲げることによって形成されることから23スキドーにも関連しているとされている。

     

    (注11)サブジーニアス教会

    1950年代のサラリーマンにして預言者のJ.R.・ボブ・ドブスなる架空の人物により設立されたとする団体(もちろんウソ)。サイエントロジーやラエリアン・ムーブメント、統一教会、クリスチャン・アイデンティティといったアレな新興宗教をミックスさせて皮肉ったパロディ宗教を展開。無神論者や冒涜者、ハッカー、ポルノ収集家、オタク・・・・・といった反社会的ピープルにオルグ活動を展開し、来たる宇宙人来襲による終末論にそなえたロックンロールとポルノグラフティの祭典を目論む。1980年には「ピースウィルス」なるコンピューターウイルスをばらまき大問題に発展。さらにはコロンバイン高校銃乱射事件のトレンチコート・マフィアとの繋がりも噂され、陰謀論ではことかかない存在。ロバート・アントン・ウィルソンはこの教団においてボブ皇帝なる地位を得た。

     

    (注13)ケン・キャンベル

    スコットランド出身の俳優。1976年小説“イルミナティ三部作”を10時間に及ぶ劇にして上演。これが好評となりエリザベス二世の後援のもと国際劇場のこけら落としに抜擢。この時の舞台にはウィルソン本人もエキストラとして黒ミサのシーンに参加した。


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