鎌倉時代、天台宗の僧であった智真は念仏札を配る全国行脚の最中に立ち寄った熊野本宮大社にて、夢のなかより阿弥陀如来から「信、不信をえらばず、浄、浮上をきらはず、その札をくばるべし」というメッセージを受け取り、自らを一遍と改名。時宗という新仏教ムーブメントをスタートさせます。
一遍は念仏札に「決定(けつじょう)往生/六十万人」というオリジナル・メッセージを記し、武家から非人までのカーストを問わず、誰もが一心に念仏を唱えさえすれば極楽浄土に覚醒するというムーブメントを発起。
一遍が心の師と仰ぐ平安時代の僧、空也により開発された踊り念仏。それは念仏が民衆にもたらす宗教的エクスタシーにより自然発生 したダンスだったが、それが踊躍(ゆやく)念仏と評された一遍は、空也が開発したこの踊り念仏のスピリットを、人民救済のためレイヴ・イベントへと発展させます。
一遍は「念仏が阿弥陀の教えと聞くだけで踊りたくなるうれしさなのだ」と宣言!全国各地で特設ステージをアップセット、ツアー・メンバーとして大勢の尼僧(一遍ガールズ)を引き連れ、一心不乱に念仏とダンスでトランスの限りをつくしました。
鎌倉新仏教シーンにおいて、官僧に属さないアンチ比叡山な立場の一遍の思想、信仰と実践は民衆に熱狂的に支持されます。
しかし世の常として、権力サイドや保守層からは強烈なバッシングを受けました。
男女入り乱れて、衣をはだけ、性器もあらわに踊り狂うさまは、それまで高貴な層のみで流通していた仏教の概念からはかけ離れたものでしたし、また一遍と尼軍団とのインモラルな噂(実際、万能薬?としての一遍の尿を求めて尼たちが列を作る記録も残されている)も格好のバッシング・ネタとなります。
で、これって1980年代末のセカンド・サマー・オブ・ラブ〜レイヴ・カルチャーとの類似性高過ぎな気がするのは私だけ?でしょうか??レイヴの方はMDMAがインモラルとされていましたが、このような民衆サイドからの、自然発生的なダンス・ムーブメントは何故に権力側に脅威となるのでしょうか???
余談ですがこの一遍上人、欧州の超越論哲学系の学者筋からは異様に評価が高く「法然、親鸞、ダレソレ?イッペン??Yesグレート!!!」な状況との噂もあり。
一遍上人がブレイクさせた踊り念仏は後に、より芸能化がほどこされた念仏踊りに発展。そこから伊勢踊りや小町踊りがミクスチャーされ、盆踊りへと発展されますが、それはまた別の機会に。
「あなたの聴かない世界 vol.6 レイヴ・カルチャーとサイケデリック」
会場:大久保バー・ブエナ
http://buena.tokyo/access
日時:2015年10月18日(日)open19:00 start19:30 1500円+1ドリンク
ゲスト:DJヨーグルト