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あなたの聴かない世界 ニック・ランドとアンダーグラウンド・ダンスカルチャー

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    ニック・ランドとアンダーグラウンド・ダンスカルチャー

     

    1987MDMAによって誕生したセカンド・サマー・オブ・ラブ。この新たなる夏の始まりによりハウスやテクノから新しいダンス・ミュージックがカンブリア爆発のように一気に誕生していく。まさに時代はダンス・ミュージック革命期。

     

    時代の突端を切り開く新しい認知領域に必ず存在するのがアートとドラッグ(この場合はMDMA)であり、このふたつを結び付け物語化させるのがオカルティズムであるのは世の常だ。もちろんセカンド・サマー・オブ・ラブにもこの伝統は継承されるが、この場合はユース・カルチャーによるポスト・オカルト運動、ケイオス・マジックによってであった。

     

    1970年代にインダストリアル・ミュージックを生み出した英国のジェネシス・P・オーリッジはスロッビング・グリッスル解散後1981年に新バンド、サイキックTVとともにケイオス・マジック結社シー・テンプル・オヴ・サイキックユースTOPYを立ち上げ、セカンド・サマー・オブの季節に誰よりも早くアシッド・ハウスを召喚した。

     

    一方TOPYと双璧をなすケイオス結社イリュミナティ・オヴ・タナトエロスIOTに目を向けると1990年代初頭のアンダーグラウンドなジャングル・シーン(注1)に接近した記録が残されている。

     

    IOTの機関紙であるChaos International(編集人はネオ・フォーク・ファンにおなじみファイヤー+アイスのイアン・リード)には実践魔術についての寄稿のみならず、頻繁にクラヴでのパーティー情報も掲載されていた。そこで90年代初頭プッシュされていたパーティーがIOTメンバーであったDJ Hocus Pocus(注2)が主催するジャングル・パーティーだったという。

     

    日本で例えると西川口辺りの道教サークルのノリといえばよいだろうか?ロンドン一角のカリブ系移民文化から派生したダンス・ムーブメントとブードゥー的オカルチャーの融合としてのジャングル・シーン。そもそもケイオス・マジックは白人文化だが、この時期クラブ・カルチャーを通して多文化混合的なモノへと変化、ハイブリッド化を果たした。

     

    これはロンドンのアンダーグラウンドなジャングルと、同じくアンダーグラウンドなケイオス・マジックの親和性が高かったということだろうか?かつて米国西海岸で新魔女運動とブードゥーなどの土着信仰をミクスチャーし、フェリトラディションを形成したビクター・アンダーソンを彷彿とさせる話である。

     

    ダンスカルチャーに話を戻そう。前述通り1987年セカンド・サマー・オブ・ラブからダンスカルチャー革命は沸点を迎えた。しかし90年代に突入すると94年英国政府によって可決されたレイヴ禁止法”クリミナル・ジャスティス・アンド・パブリック・オーダー・アクト”の影響もあり「合法的に巨大産業化していくパーティー」と「社会的マイノリティによる地下パーティー」の二極化が加速する。この後者こそが90年代のジャングルであり、そこから派生したドラムンベースだった。そしてアンダーグラウンド・クラブシーンはケイオスマジック的オカルティズム、そして思想、哲学といったのアカデミズムなどとミクスチャーされ一種のカウンターカルチャーを形成していくこととなる。その象徴となるのがサイバネティック・カルチャー・リサーチ・ユニットCCRUの存在だった。

     

    1989年英国ウォーリック大学において結成されたCCRUは当時大学で講師を勤めていた哲学者ニック・ランドと、サイバーフェミニズム理論家セイディ・プラントを中心に、学生たちを巻き込んで組織される。大陸哲学とSF、オカルティズムをクラブ・カルチャーを通して研究しようとするサークルであり、「思想を生成する概念機械として」サウンドと社会、テクノロジーの繋がりを追求するものだったという。

     

    CCRUに参加した当時の学生メンバーには著書”資本主義リアリズム”で有名な批評家マーク・フィッシャーやHyperdubレーベル主催のkode9ことスティーブ・グッドマン、アート・ユニットのコジュウォ・エシュン、メディア理論家マシュー・フラーなど、思想、アート、音楽など様々なジャンルで現在活躍する逸材が集結。ニック・ランドが提唱する加速主義(注3)におけるシンギュラリティ以降、この世界に到来するはずの「未知なるもの」とのコンタクトを図るべく実験と実践を繰り広げていた。

     

    クラブ・カルチャーを通してポスト・ヒューマンを目指す、加速する前進の蓄積運動としてのCCRU。まるでクトゥルフ神話のようなポスト・アポカリプスとしてのシンギュラリティーを想定する実践思想。その現場でニック・ランドはでカルトリーダー的存在としてCCRUを牽引していく(セイディ・プラントはわずか2年ほどでCCRUを離脱した)。新たなる認知領域への燃料としてアンフェタミンを投与しながら・・・・・。

     

    1996CCRUのカンファレンスにおいてニック・ランドはアンフェタミンでボロボロになりながら爆音のドラムンベースをバックにアントナン・アルトーの詩を絶叫していたという。このような試みをダサいと切って捨てる気持ちはわからなくもないが、僕個人としてはこのような大いなる自爆行為は「嫌いではない」。加速主義を「生き様」に落とし込みつつ、新しいカルチャーを切り開こうとした姿勢を「彼の思想の是非はともかく」否定する気にはなれないのだ。

     

    深刻なアンフェタミン中毒により「発狂した」とみなされたニック・ランドは大学の職を追われ、アカデミズム界からも姿を消しCCRU1998年に解散する。現代思想界においてはすっかり「過去の人」扱いとなったニック・ランドが再び世間に浮上するのは2012年、米国右派リバタリアン、カーティス・ヤーヴィン(注4)の新官房学思想(ポスト英雄君主制度論とでも呼ぶべき?)に共鳴し、ネット上に発表した暗黒啓蒙論によってである。

     

    17世紀より西洋思想に到来したこれまでの「光」的啓蒙思想ではなく、その次のフェーズを思想する暗黒啓蒙はドナルド・トランプの側近として活躍、現在は日本の政財界にも影響を与えるスティーブン・バノン(注5)を筆頭に多くの新反動主義勢力の燃料として投下される。そのオカルティズムと反民主主義思想に我々はイタリアのスピリチュアルレイシスト、ユリウス・エヴォラの影を見てとることも可能ではないだろうか(事実バノンはエヴォラのファンでもある)。

     

    そんなニック・ランドの思想は彼の教え子であったスティーブ・グッドマンがkode9名義で2000年代に情報ウイルスとしてのダブステップ(注6)を牽引することで継承、UKクラブシーンに一大センセーションを巻き起こすこととなる。さらには2000年代に突入するとニック・ランドのハイパー資本主義思想をサウンドトラック化したようなインターネット音楽カルチャー、ヴェイパーウェイブが登場。2010年代前半をピークとしながらも様々な変容を繰り返しながら現在も霧散し続けている。

     

    (注1)ジャングル

    1980年代後半からロンドンのジャマイカやカリブ系の移民2世たちによって生み出されたクラブ音楽。そもそもはレゲエDJがターンテーブルの回転数を間違って鳴らしたことが誕生のキッカケとされるが真相は不明。初期はラガ色が強く、まるでジョイントの太さを競い合うかのようなケムたさと高速ビートが特徴だったが1990年代中盤にはLTJブケムにより高音質化&洗練化されたドラムンベースへと発展。日本では1995Hジャングル+tにより完全に誤った伝わり方がなされ心あるジャングル・ファンを奈落へと叩き落とした。

    (注2DJ Hocus Pocus

    Chaos Internationalによる情報のみでこの人の経歴や人種など一切不明。現在ロンドンでDJホカスポカス名義のドラムンベースDJが存在するが多分別人。ちなみにホカスポカスとは「アブダカタブラ」的なおまじないミーム。

    (注3)加速主義

    現行の資本主義システムを過剰に押し進めることで政治や社会の変革を促す運動。左派加速主義が技術進化のプロセスを促進させようとする運動なのに対し、ニック・ランドの右派加速主義は技術的特異点=シンギュラリティそのものを目的とする。ちなみにシンギュラリティ後に何が社会に訪れるのかはニック・ランド自身も「わからない」と答えているが、恐らく民主主義社会そのものの自壊を目論んでいるふしがみられる。

    (注4)カーティス・ヤーヴィン

    シリコンバレーでスタートアップ企業を立ち上げたカリフォルニアン・イデオロギーの体現者でありリバタリアン。メンシウス・モールドバグのハンドルネームでブロガーとしてオルトライトに多大なる影響力を与え、新反動主義の誕生に貢献した。

    (注5)スティーブン・バノン

    「オルトライトのためのプラットフォーム」こと米国保守ウェブ・サイト「ブライトバート・ニュース」の元会長であり、ドナルド・トランプの選挙対策本部長、ホワイトハウス首席戦略官を務める。退任後はブライトバートに復帰し、世界各国のナショナリズム、ポピュリズム運動を支援。日本でも2019年安部政権の総裁外交特別補佐である河井克行の招聘のもと自民党外交部会やアパホテルで講演を行った。

    (注6)ダブステップ

    UKガラージの2ステップをダブ化しブレイクビーツやジャングル、ドラムンベースをブチ込んだ2000年代ロンドンで誕生したジャンル。オシャレなイメージだった2ステップをひたすらディストピア化させた衝撃は同時期グライムとともに2000年代中盤に黄金期を迎えるも後半には資本システムに回収されるかたちで失速していった。


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      • 2020.03.28 Saturday
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