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ケイオスマジック・フォー・インダストリアル・ピープル

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    1976年11月、セックス・ピストルズによるデビュー・シングル“アナーキー・イン・ザ・UK”発表を震源として、ロック・シーンのみならずファッション、アートなどあらゆる世界のカルチャー・シーンに影響をおよぼしたパンク・ムーブメント。

     

    そのパンクにおける「小難しい理論や格式ばった伝統なんてファック・オフ!とにかく自分たちのヤリ方でヤリたいようにヤってヤるぜ!!!」な精神はやがて英国の魔術シーンにも波及する。そう、ケイオス・マジック(混沌魔術)の誕生である。

     

    ケイオス・マジックはこれまでの伝統的欧州魔術文化とは大きく異なっていた。ハッサン・イ・サバー(注1)の言葉「真実はない。すべては許されている」に象徴されるように、ケイオス・マジックにおいては教祖など絶対的存在への帰依は重要視されず、それぞれがそれぞれの神秘体験(ドラッグ摂取も含む)を徒手空拳に追求していった。そしてその流れは自然発生的にニューウェーブ秘密結社を複数生み出していった。

     

    以下はそんな代表的ケイオス・マジック結社であるILLUMINATI OF THANATEROSタナトエロス光明結社(IOT)とTHEE TEMPLE OV PSYCHIC YOUTHサイキック・ユース寺院(TOPY)を中心にケイオス・マジック・シーンの概要を紐解いていきたい。

     

    ILLUMINATI OF THANATEROSタナトエロス光明結社(IOT

    IOTのみならずケイオス・マジックそのものの始まりはピーター・キャロル(当時23歳)、そしてレイ・シャーウィン(当時24歳)のふたりがロンドン郊外デッドフォードで出会った1976年から発祥したとされている。

     

    伝統的儀式魔術に強い興味を持ちながらも、既存のグループの閉鎖性に不満を抱いていたふたりは1978年IOTを結成。シャーウィンが発行するニューウェーブ魔術の創造をプロパガンダする雑誌“The New Equinox”や、キャロルの著書“Liber Null”(1978)と“Psychonaut”(1981)(注2)を通して後のケイオス・マジックとして知られる実験的魔術体系の礎を築く。

     

    アレイスター・クロウリーやオースティン・オスマン・スパー(注3)直系のノーシス(注4)、シジルワーク(注5)といった既存魔術体系から、SFや科学(注6)、シャーマニズム、ペイガニズム、ディスコーディアニズム、チベット密教などをミックス&サンプリングさせ、魔術的パラダイムシフト(注7)を展開。

     

    そんなIOTの影響力は英国のみならず欧州各地やオーストラリアまで広がりをみせるが、組織拡大にともなう階層的システム化にレイ・シャーウィンが反発。1980年代後半にはIOTを脱退。さらに1990年代初頭にはドイツIOT幹部フラターU∴D∴とピーター・キャロルの教義をめぐる確執から、フラターU∴D∴とその支持者の大量離脱も発生するトラブルにみまわれる。

     

    それでも1990年代以降、ティモシー・リアリーやウィリアム・S・バロウズ、ロバート・アントン・ウィルソンといったカウンター・カルチャーのビッグネームの参入や、、イアン・リード(注8)、デイヴ・リーなど後継者の躍進もあり、現在も英国、欧州、米国などで活動を継続。ケイオス・マジック・シーンを牽引している。

     

    TEMPLE OV PSYCHIC YOUTH サイキック・ユース寺院 (TOPY

    81年「任務終了!」なる最終報告後、伝説的活動に終止符を打ったスロッビング・グリッスルから、メンバーのジェネシス・P・オーリッジ、ピーター・クリストファーソンはすぐさま新グループ、サイキックTV(以下PTV)を始動させた。

     

    「スロッビング・グリッスルは報告者であったが、PTVはその一歩先に進む」というピーターの宣言からうかがえるように、PTVは単なる音楽グループ以上の「何か」を目指していた。その「何か」として、先ずPTV結成とほぼ同時(もしくはPTVより先に)秘密結社テンプル・オヴ・サイキック・ユー ス(以下TOPY)がジェネシス&ピーター、そして彼らの友人やファンクラブにより組織される。

     

    人間開放を目的としたTOPYの活動は、当時のMTVブームに触発されてか"THEE 1ST TRANSMISSIONS"なるトータル4時間にも及ぶビデオ作品発表からスタートした。作品は当時NYのケーブルTVで30分番組としてシリーズ放映され、彼らのマルチ・メディア戦略がうかがえた。

     

    しかし映像内容は悪魔崇拝者によるSM儀式、もしくはスナッフ映像にしか見えない背徳感200%の作品であったため、NYの深夜にマイナーなケーブルで放映されてたぶんにはスルーされていたものの、92年にはどういういきさつか地元英国のTV番組で槍玉にあげられ、首謀者ジェネシスは英国政府より国外追放処分を言い渡される(99年には処分免除された)。

     

    TOPYの体液OVをモチーフとした瀉血儀式は、クーム時代のパフォーマンスの延長と見てとれる。

     

    TOPYは当初オーストラリア、アメリカ、イギリスに支部を持ち、PTV 、コイル、カレント93、ゾスキアなどが参加。草の根運動ながらもケイオスの国際的ネットワークとして存在した。90年代に入ると前述したジェネシスの国外追放問題もあってか?創立者であるジェネシスはTOPYを脱退。

     

    その後TOPYはその最大勢力である米国支部が2008年AUTONOMOUS INIDIVUDALS NETWORK(AIN23)へと変化するなど独自の発展を遂げる一方、TOPY創始者ジェネシスは2010年新たに秘密結社THE ONE TRUE TOPI を立ち上げた。

     

     

    JHON BALANCE ジョン・バランス 1962-2004

    初期TOPY脱退派で、その後も独自のオカルト道を追求したケイオス実践派代表格といえばインダストリアル・ノイズ・ファンにお馴染みコイルのジョン・バランスだろう。

     

    英国マンスフィールドにて良家の子息として育つはずだったジョン。しかし幼いころからオカルティズムに夢中だった彼は、やがてアレイスター・クロウリーに心酔し当時のクロウリーの信徒から教材を購入しようとするも親にバレて激怒されたり、さらに14歳の時には英国魔女術の王と呼ばれたアレックス・サンダースにファンレターを送ったりと、オカルティストとして一点の曇りもない成長を遂げていく。

     

    「私は動物です、これまで人間ではありませんでした。動物と人間の違いが私にはありません。それこそが本物の異教徒の証であると私は思います」ジョン・バランス

     

    そんなジョンが10代後半で(後にTOPYを結成する)スロッビング・グリッスルと出会い、その親衛隊に加入。スロッビング・グリッスル解散後、サイキックTVの流れから、そのケイオスマジック秘密結社TOPYに入信するのは自然な成り行きだった。

     

    やがて1982年ころからは自らもパフォーマンス活動を開始。サイキックTVやカレント93、23スキドー、ゾスキアなどに参加後、元スロッビング・グリッスル〜サイキックTVのオリジナル・メンバーだったピーター・クリストファーソンとのグループ、コイルを1984年より本格始動させる。

     

    同時期ジョンとピーターはサイキックTVとTOPYを脱退。彼らいわく「(TOPYおよびPTVのリーダーである)ジェネシス・P・オーリッジの独善的なやり方に嫌気がさして」の脱退だったとのこと。

     

    オースティン・マスマン・スパーに強い影響を受けたジョン&ピーターのケイオスマジック実践(注)やオカルト探求によるコンセプチャル・イメージとゲイ・カルチャーへのこだわり、そしてエレクトリック・ゴシック・サウンドをしてコイルはアートコア・ノイズと呼ばれマニアックな支持を集めた。

     

    しかし長年重度の鬱病とアルコール中毒におちいっていたジョンは2004年、自宅にて不意の事故死を遂げ、コイルの活動は終焉を迎える。

     

    ケイオスマジックとインダストリアル・ミュージックの相関を考えるうえで、TOPYと共に(エソテリックな観点ではTOPY以上に)ジョン・バランスは重要存在であったことを忘れてはならないだろう。

     

    (注1)ハッサン・イ・サバー(ハサン・ザッバーフ)

    11世紀〰13世紀半ばまで暗殺教団アサシン教団を率いてイランからシリア全土の山岳地帯に要塞を築いたといわれるイスラム教シーア派内イスマーイール派内ニザール派の開祖。別名「山の老人」。ハシシの投与で部下をマインドコントロールし暗殺者へと仕立てる手法がやがて「ハシシを使う人=ハシャシュン」という言語とミックスされ「暗殺者=アサシン」と現在に伝わったという説有。ウィリアム・S・バロウズのアイドル的存在。

     

    (注2)“Liber Null”(1978)と“Psychonaut”(1981)

    この2冊は日本では秋端勉監修、金尾英樹翻訳にて国書刊行会から“現代魔術体系7 無の書”として2in1で2003年出版されている。

     

    (注3)オースティン・オスマン・スパー1886-1956

    自らをゾスと称する英国の異端オカルティストにして天才画家。ケイオスマジックの父と評されている。アレイスター・クロウリーのA∴A∴(銀の星)に一時期参入するもすぐに離脱。クロウリーの影響を受けながらも独自すぎる魔術プログラミングを生涯に渡って探求。なかでも「ゾスキア・カルタス」(宇宙に偏在する生命の源であるキアと、そのキアの運び手としての統一体である人間ゾス・・・・・その魔術的運用と信仰)概念、およびシジル使用は後のケイオスマジックに多大なる影響を及ぼした。画家としての才能も突出しており、アドルフ・ヒトラーから自画像を描いて欲しいとの依頼もあったほど。しかし実生活は戦争の影響もあり生涯極貧、晩年は大勢の野良猫に見守られながら安アパートでひっそりと息を引き取った。

     

    (注4)ノーシス

    ケイオスマジックにおけるノーシスは、自らを変性意識状態にさせ「目的」以外の思考を一切排除した状態にもっていくことをいう。この時には性的エクスタシーやドラッグなどを活用するケースも当然有。このノーシス中の経験が潜在意識にインプットされることで、顕在意識にさとられることなく「目的」が実行されるという。

     

    (注5)シジルワーク

    ケイオスマジックにおけるシジルワークはスパーの技法を取り入れているものが多い。魔術的フレーズを作り、そこで重複した文字を消去。残った文字を芸術的に図案化しシジルを形成する。これはノーシスと合致させることで願望達成へと繋げられた。

     

    (注6)科学

    ピーター・キャロルはロンドン大学在学中、科学を専攻していた。

     

    (注7)魔術的パラダイムシフト

    古今東西のあらゆる魔術形態を横断するケイオスマジックでは従来の一神教的概念では矛盾する「信仰」の多様化を用いる。「信仰」は受動的に受け入れるだけのものではなく、流動させるべきものであり、自らの意思でツールとして利用すべきものであるという思想。ディスコーディアニズムにおける「パラダイムの海賊行為」との親和性が非常に高い。

     

    (注8)イアン・リード

    英国ネオ・フォーク・ファンにはファイヤー+アイスとしてお馴染み。1990年初頭よりIOTの英国支部リーダーとして活躍する重要存在。


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      • 2017.04.22 Saturday
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